本日の平和祈念式典で、広島県の湯﨑知事が語ったスピーチは、すばらしい内容だった。

とくに印象に残ったのは、「民衆の高揚によって抑止が壊れてきた」という指摘だ。

これはけっして大げさな話ではない。知事が指摘された通り、歴史を振り返れば、戦争が始まるとき、いつもその背景には民衆の感情がある。怒り、不安、興奮、そうした感情が積み重なり、やがて大きな圧力となって、冷静な判断を押し流してしまう。

独裁者や権力者だけが危険なのではない。

時には、「自分たちは正しい」と信じる民意のほうが、判断を誤らせることもある。

SNSが日常になった今、私たちはより感情的になりやすい。言葉が強くなり、相手を追い込む空気が生まれやすい。そういう時代だからこそ、「民衆の熱狂が判断を誤らせる」という視点は、もっと意識していいと思う。

核抑止は、究極的には人間の判断に頼っている。その判断が、感情に引っ張られたとき、どうなるのか。湯﨑知事は、それをあくまで冷静に問いかけていた。

このスピーチを、慰霊の言葉としてだけでなく、今の自分たちへのメッセージとして受け止めたい。