近年、海水浴離れが加速している。猛暑の夏であっても、海辺に人が集まらない。地方の観光関係者や海の家の事業者からは「昔はこんなもんじゃなかった」という声が上がっている。
単に気温が上がれば人が海にやって来る時代は終わった。いま起きている現象は、たんなる気まぐれや一過性のブームの終焉ではない。構造的な「価値の転換」の結果である。
背景にあるのは、まず消費者の価値観の変化だろう。いまの若年層やファミリー層は、「暑い」「汚れる」「日焼けする」といった海水浴特有の身体的リスクや不快感を回避する傾向が強い。現代のレジャーは「涼しい」「快適」「映える」ことが前提条件になっている。SNSでのシェアを意識する世代にとって、風で髪が乱れ、汗でメイクが崩れ、スマホが水没するような場所は、あまりにも「整っていない」環境に思えるのだろう。
レジャーの選択肢もかつてよりはるかに広がった。冷房完備の屋内プール、テーマパーク、ショッピングモールなど、気候や体力に左右されない楽しみ方が充実している。「夏だから海に行く」という動機は、必然ではなくなった。
供給側の課題も深刻である。多くの海水浴場は、昭和・平成初期のスタイルを引きずっており、顧客体験をアップデートできていない。トイレやシャワー、更衣室、飲食、アクセスといった基本的なインフラが整っておらず、「何も変わっていない」という印象が、リピーターを遠ざけている。観光地としてのブランディングも不十分で、「どこも同じような海」という認識が広がれば、消費者はより快適で便利な選択肢に流れるのは自然な流れだろう。
もっとも、希望がないわけではない。いくつかの地域では夜間営業やライトアップ、ナイトシネマ、ビーチサウナ、音楽イベントなどを取り入れ、令和型の海水浴体験を模索している。海そのものの価値を変えることはできなくとも、「海での過ごし方」を再構築することで、新しいレジャーの流れを作ることは可能なのではないか。
さらに重要なのは、変化そのものではなく、その変化をどう伝えるかという点である。進化した海水浴場が存在しても、その魅力が適切に発信されなければ、「昔と変わらない」という誤解は払拭できない。SNSやインフルエンサー、ショート動画を通じた情報拡散、あるいは自治体と連携したプロモーションが不可欠だろう。
「海は古い」という印象を、「海が新しい体験を提供している」という認識に変えるためには、単なるイベント開催では足りない。消費者の心理に寄り添い、価値観の転換に対応した、根本的なCX(顧客体験)の再設計と、そのメッセージの再構築が求められている。
海の魅力は、本来普遍的なものである。潮風の匂い、青い海の色、白い砂浜、美しい水平線… これらが持つ力は失われていない。ただ、それをどう演出し、どう物語化し、どう届けるか。いま問われているのは、海の変化ではなく、マーケティング的な発想そのものである。

