昨今、ビジネスパーソンの間でも歌舞伎は大人気である。
私自身、最近までまったく興味がなかった分野だが、映画『国宝』を鑑賞し、さらに原作小説『国宝』を読んだことで、「もう少し歌舞伎の基礎知識があれば、作品の背景や登場人物の心情をより深く理解できるのではないか」と感じた。
そう思って手に取ったのが、まず最初にご紹介する『ビジネスマンへの歌舞伎案内(NHK出版新書)』(成毛眞 著)である。
この一冊をきっかけに、気づけばKindle版や紙版の新書を中心に、10冊近くの歌舞伎入門書に目を通していた。本稿はその読書記録であるが、同じように「歌舞伎に興味はあるけれど、どこから入ればよいのか」と迷っている方の参考になれば幸いである。
『ビジネスマンへの歌舞伎案内(NHK出版新書)』 成毛眞 著
本書はKindle版もあるため、すぐに読み始めることができた点も魅力だった。マイクロソフト元社長の成毛氏が著者ということで、興味を抱かれるビジネスパーソンも多いのではないだろうか。
成毛さんはご自身も書かれている通り、歌舞伎の専門家ではない。しかし、相当の歌舞伎好きであると本書では繰り返し述べられている。
実際、専門家ではない視点から書かれているのがむしろわかりやすく感じられた。彼のほかの著作と同様に、軽妙な語り口で読み進めやすい。
「基礎知識なんか要らないよ」という方針もありがたく、歌舞伎に対する心理的ハードルを下げてくれる一冊だ。一方で「歌舞伎を観に行くときにはある程度の知識があったほうが楽しめる」というくだりもあり、一瞬身構えるものの、実際には歌舞伎座周辺の地理や弁当の選び方、チケットの取り方などに関する話で思わず笑ってしまった。
演目の紹介や、松竹という企業についての記述もあり、「白浪五人男」の見得の切り方が、戦隊ヒーロー「5人揃ってゴレンジャー!」の決め台詞のような演出に影響を与えたとも言われているなど、歌舞伎と現代文化をつなぐ話題も興味深い。
本書の中で、後述する山川静夫氏の著作『歌舞伎の愉しみ方』が高く評価されていたこともあり、続けて手に取ることとなった。なお本書はコロナ禍に執筆されたため、当時の歌舞伎界の苦労にも触れられている。ぜひ改訂版で、コロナ禍以降の状況にも触れてほしいと感じた。
おすすめ度 ★★
『歌舞伎の愉しみ方(岩波新書)』 山川静夫 著(2008年)
成毛氏が絶賛していたため手に取ったが、読み始めてすぐに「これは名著だ」と感じた。NHKの名アナウンサーとして知られる著者の文章は極めて明快で、話し言葉のプロが書くとこうなるのかというお手本のような一冊。
2008年初版ということで、登場する役者はやや昔の世代に偏っているが、歌舞伎という芸能の性質上、それが古びた印象につながることはない。
前半では「歌舞伎の愉しみ方」や「歌舞伎の約束事」など、読者を歌舞伎の世界へと導く導入が丁寧に書かれている。後半では主な演目がジャンル別に紹介され、最後には著者自身の楽しみ方も披露されている。
初心者にとっては非常に参考になる一冊である。Amazonでの評価数が少ないのが不思議で、もっと多くの人に読まれてほしいと心から思う。
おすすめ度 ★★★
『教養として学んでおきたい歌舞伎(マイナビ新書)』 葛西聖司 著
山川氏と同じくNHKアナウンサー出身の著者による一冊。柔らかい文体と平易な内容が特徴で、歌舞伎入門の一冊として非常に読みやすい。Kindle Unlimitedにも対応しており、手軽に読める点も利点。
タイトルの通り、幅広いうんちくや、著者の推す代表的な演目についての説明が充実している。成毛氏や山川氏の本を先に読んでいたこともあり、重複部分は多かったが、最初の一冊としては申し分ないと思う。
おすすめ度 ★
『歌舞伎入門(岩波ジュニア新書)』 古井戸秀夫 著(2002年)
岩波ジュニア新書は、私にとって仏教やカントの入門でもお世話になってきたシリーズ。本書もジュニア向けということで手に取ったが、予想に反してかなり骨太な内容だった。
とくに『自分で考える勇気 カント哲学入門』(御子柴善之 著)を読んだときの記憶が蘇った。ジュニア新書とはいえ、大人が読んでも十分読み応えがある。
本書もまさにそのタイプで、文体は「です・ます」調ながらやや硬質。前半では歌舞伎の定義や歴史が丁寧に述べられ、中盤には歌舞伎の演出や表現技法についての詳細な解説が続く。後半では演目のジャンル別紹介がなされている。
知識ゼロで読むと難しく感じるかもしれないが、前述の成毛・山川両氏の著作を読んでいたことでなんとかついていけた。
おすすめ度 ★★
『歌舞伎のキーワード(岩波新書)』 服部幸雄 著(1989年)
歌舞伎に関連するキーワードを数十項目取り上げ、それぞれを5ページ前後で解説するという構成。体系的な流れがあるわけではないため、辞書的に気になる項目を拾い読みするのに適している。
文体は「である」調でやや硬め。全体を通読するというよりは、気が向いたときにパラパラと読むのにちょうどよい一冊。
おすすめ度 ★
『歌舞伎ことば帖(岩波新書)』 服部幸雄 著(1999年)
『歌舞伎のキーワード』の姉妹編。こちらもキーワード解説型の構成だが、演目の紹介はなく、言葉そのものに焦点が当てられている。
「捨て台詞」「とちる」「板に付く」「早替わり」「ひゅうどろどろ」「千両役者」など、現代に生きる多くの言葉が歌舞伎由来であることを再認識させられる。
選ばれた語は、舞台や演技、演出にまつわるものが多く、観客目線というよりは舞台裏や役者の視点に近い。言葉の由来を探るのが好きな人には特におすすめ。
おすすめ度 ★★
『歌舞伎の歴史(岩波新書)』 今尾哲也 著(2000年)
タイトル通り、歌舞伎の歴史を脚本家の系譜を中心にたどる構成。近松門左衛門をはじめ、並木宗輔、並木正三、鶴屋南北、並木五瓶など、重要な劇作家の代表作を紹介しながら時代ごとの特徴が語られる。
「演目の解説」というよりも、「脚本家を軸とした通史」という構成であり、興味深い。後半には新歌舞伎など明治以降の展開についても触れられており、近代以降の歌舞伎に興味のある方にも有用。
おすすめ度 ★★
『平成の藝談――歌舞伎の真髄にふれる(岩波新書)』 犬丸治 著(2018年)
比較的新しい一冊。内容は現代の歌舞伎役者たちの「芸談」を紹介する形式となっている。ただし、著者による直接取材や対談ではなく、既存資料に基づいた再構成と思われる。
そのため、臨場感や迫力はやや控えめではあるものの、現代の歌舞伎役者に焦点を当てた書籍は少ないため、貴重な記録としての価値はある。
おすすめ度 ★

