では、続いて、本日の課題図書『読書について』の紹介と、その要約と感想についてまとめておきたいと思います。
本書は、ショーペンハウアーの主著にして大著である『意志と表象としての世界』のオマケとして書かれた『余録と補遺』に収められているエッセーです。
岩波文庫の場合、『読書について』という署名がつけられていますが、関連する以下の
3つのエッセー(「思索について」「著作と文体について」「読書について」)が収められています。いずれも『余録と補遺』からの抜粋です。
本書の要約ならびに読後の私の感想は以下のとおりです。
(1) 知識の価値
【要約】知識は量に依存するのではなく、どれだけ深く考え抜かれたかでその価値が決まる。
→【感想】昔から言われることだが、生の知識にはなんの意味もない。自分で咀嚼した分だけが本当の知識となる。
(2) 読書の意味
【要約】読書は他人の思想が自分の心に侵入する行為であるため、注意が必要。
→【感想】これは気づかなかった。しかし、本ではなく、ネットニュースや動画に当てはめるとよくわかる。「漫画ばかり読んでるとバカになるわよ」と口うるさくいう親のいうことにも一理あるかもしれない。
また、本を読むと勉強した振りができる点も盲点になっているんだろうなと感じた。
(3) 多読の危険性
【要約】無目的な多読は自己の思考を放棄する危険性がある。
→【感想】大前研一が「二流の人間は本を読む時間に重きを置く。一流の人間は本を読んだ後、読むのにかかったのと同じくらいの時間を考える時間に充てる。この差は大きい」と言っていたのを思い出す。考える時間、温める時間というのは必要なのだろう。スタンダールも同じような事を言っていたなと思い出した。
(4) 書籍の有益な使用
【要約】自身で考えた結論を補完するために書籍を利用するのは有益。
→【感想】本や資料を読みながら考えるのではだめなんだろうな…と改めて思った。ただ、無からは何も出てこない気がしてしまい、ついつい情報収集からスタートしてしまう…自分の仕事のプロセスについて大反省笑
(5) 思考の記録
【要約】自らの思考を巡らせ、得られた思想は記録し、結びつけるべき。
→【感想】これは割とやっていると思う。野口悠紀雄先生は風呂場で思いついたことをメモするために風呂場にメモ帳をおいているそうだが、一理あると思う。
(6) 良書と悪書
【要約】良書の選択と読解に重きを置くべきであり、悪書は避けるべき。
→【感想】これは選択が難しい。本質的に、本でも科学の実験でも登山でも油田でも、「やってみないと」価値がわからない。良書を選択してくれるAIの開発を急いでほしい笑
(7) 良書の多読
【要約】ただし、良書の多読は有益で問題ない。
→【感想】やや矛盾を感じる。良書であっても読み過ぎはどうなんだろうか? 思考は邪魔されてしまうというメリットは良書でも起こりうるのではないか? 少数精鋭の良書を繰り返し読むのがベストかなと思う。手塚治虫の『ブラックジャック』は子供の頃から何度も読んでいる…医者にはならなかったけど。
(8) 思想体系の構築
【要約】書籍から学ぶためには、一貫した思想体系を構築することが重要。
→【感想】これは重要だと思う。私の場合、講演でもセミナーでも研修でも、一個の思想体系ができあがらないと、それらの商品開発には入れない…という職業的側面もある。「小宇宙」という言葉があるが、「小思考体系」のようなものができると、仕事の幅が増えたことになる。ショーペンハウアー研究はその一例となりそう。
(9) 反復の重要性
【要約】価値のある書籍は2回以上読むべきで、繰り返しのプロセスは重要。
→【感想】当たり前の話。難書でなくとも、何度も読むうちに見えてくるものが変わってくる。読んだ回数、読むまでの経験、読んでいるときの年齢、読んでいるときの環境等、「読書感想文」に影響を与える変数は多い。
(10) 古典の価値
【要約】ギリシャ・ローマの古典は読書の対象として最も価値がある。
→【感想】わかる気もするが、半信半疑。アリストテレスは難しすぎて全然入ってこないし、プラトン対話篇も何言っているのかわからなくなることしばし。それよりは、ショーペンハウアーの『余録と補遺』に収録されているエッセーのほうが私にはおもしろいな。
学生時代から何度も読んでいる一冊ですが、読むたびに新たな発見があります。
人生の有限性を感じつつある現在、「悪書を避けよ」「自分で考えよ」「多読は避けよ」といった示唆は、昔に比べてより強く胸に刺さります。
残された人生(…ちょっと早すぎるか笑)、よりよい読書生活と思索生活を送りたいと、改めて思いました。