一昔前に「コーポレート・ガバナンス」が話題になったことがあります。
「会社は誰のものか」という議論です。株主、経営者、従業員、顧客、社会…形式的な所有権は株主にありながら、その実質的な所有権、理想的な所有権を主張しうる主体がいろいろ登場し、議論が盛んでした。
では…。
「研修は誰のものか?」
というテーマの場合、答えはどこにあるでしょうか。
私はこれを
「ワークショップ・ガバナンス」
と呼び、常に考えるようにしています。
所有権ということばはなじみにくいので、意思決定権という言葉を使って、
「研修における意思決定権は誰にあるか?」
という視点で考えてみましょう。
通常、ワークショップや企業研修・講演(以下、「ワークショップ等」)の場合、当事者は4人います。
① 主催者(企業・経営者・人事部等)
② ディレクター(研修ベンダー企業の担当者)
③ インストラクター(ファシリテーターの場合もあります)
④ 受講者(企業の従業員・マネジャー・営業マン等)
当該ワークショップ等について企業が費用負担する場合であれば、①の主催者が最高意思決定機関となるわけです。コーポレート・ガバナンスでいえば、株主に当たる存在です。
主催者は、自社・担当部署の従業員の能力向上を目標として掲げているはずです。コーポレート・ガバナンスでいえば、株価の向上や配当の要求にあたるものです。
しかし、①の主催者は研修のプロではありませんので、当然、代理人として②に意思決定権を委嘱します。コーポレート・ガバナンスにおける経営者(取締役会・代取)がこれに該当します。
ディレクターは主催者の一種の代理人と考えることができます(代理権を行使できる権限を授与されていると考えることができますよね)。
これにより、②のディレクターは、より具体的なゴール地点、たとえば、
「受講者はこんなことができるレベルになってほしい」
…を、①の主催者に変わって設定します。コーポレート・ガバナンスにおける経営者が経営計画や経営目標をかかげるのと同じことです。
③のインストラクターに対しては、①あるいは②との契約が委任契約(丸投げ)であれば別ですが、一般的には、
「①の代理人たる②である私が掲げた目標にそって研修を担当してくださいよ」
となりますから、目的の達成を要求されれば請負契約に近くなりますし、指揮命令下に入ると考えれば、雇用に近い契約契約と考えることができるかもしれません。
コーポレート・ガバナンスの世界に置き換えると、外部業者(請負業者)または従業員に近い存在ということになるでしょう。
そして、当たり前ながら、④の受講者の方々は、コーポレート・ガバナンスにおける顧客の存在に限りなく近くなります。
①②③④、いずれにも立場がありますし権利主張はしたいと思いますが、4者は完全に対等ではありません。
費用負担する①の主催者、実際に研修を受講する④の受講者の双方の利益が最大になるように、②のディレクター、③の講師とが、協力して「善良な管理者としての注意義務」を果たすべきでしょう。①④のほうが立場は強いのです。
ただ、主催者と受講者の間の優先順位は難しいです。
仮に主催者の主張であっても、受講者の利益を損なうことは許されないでしょうし、一方的に受講者だけが喜ぶ内容で、主催者の目的からはずれていてよいという理屈も許されないでしょう。
えてして、フロントラインで受講者と接する講師は、受講者を重視し、主催者の意図を軽視する傾向があります。
「受講者が喜んでくれればそれでいいだろう」
という傾向です。
ですが、研修がわき、場が盛り上がるということと、主催者が目的として掲げていた能力向上とは、一致するとは限りません。
盛り上げたいだけなら、漫才師でも連れてくればよいわけですから。
ですから、ディレクターは、主催者の代理人として、毅然として接し、必要に応じて講師に対し是正命令・是正勧告を行い続けなければなりません。
もちろん、
「いいから、私の言うとおりにやれ。私は主催者の全権委任者であるぞ」
という態度ではうまくいきませんよね。
これでは、従業員にパワハラを繰り返すブラック企業の経営者と同じです。
ここは、上手に、
「なだめ、すかすマネジメント」
で、講師をのせなければなりません。
これぞ、ディレクターの腕の見せどころですよね。
講師も言い分があるでしょうし、それはディレクターに伝えるべきでしょう。講師の言い分にも一理ある場合もあるでしょうし。
しかし、最終的な意思決定権は、主催者の代理人たるディレクターにあると考え、矛を収めるのが筋というものです。
フロントラインの声を敏感に感じ取る講師と主催者の意向を十分に理解している代理人としてのディレクターとが、一致団結し、主催者の目標と受講者の知的欲求の和の最大値を生み出す…
これぞ、「ワークショップ・ガバナンスの理想形」ではないでしょうか。
少なくとも、私はそうありたいと思い、あるときはディレクターとして、あるときはインストラクターやファシリテーターとして、ワークショップ等に臨むようにしています。
一日モノの研修に講師としての立場で臨むのであれば、最初の休み時間に入るときに、
「さて。今日はこんな感じで進めていきますが、皆さん、よろしいですか?」
と受講者に尋ねるとともに、楽屋(実際にはセミナールーム後方であることが多いですが)を訪れ、主催者とディレクターに
「どうでしょう。出だしはこんな感じで。お気づきの点があればなんなりとおっしゃってください」
と耳打ちするようにしています。
これぞ、講師として必要な「質問力」だからですよ。
主催者の意向を軽視し、ディレクターを困らせるがごとき振る舞いは、断じて許されるものではありませんよね。
私自身、反省しなければならない過去があります。
戒めたいものです。