1週間ほど前のニュースになるが、シャープが、景品表示法違反の疑いがあるとして、消費者庁から措置命令を受けた。
プラズマクラスターを搭載した掃除機の広告表現の一部が、景品表示法4条1項1号に規定される「優良誤認」にあたるのではないかということである。

このニュースにはいささか驚かされた。
2003年に景品表示法が改正され、「不実証広告規制」(4条2項)が追加された際に、それを逆手に取って、いわゆる「アカデミック・マーケティング」を一気に推し進め、プロモーション上の差別化に成功したのがシャープだったからである。

不実証広告規制の導入には面食らったメーカーが多かった。
表示が優良誤認にあたらないことをメーカー側が立証しなければならなくなった(4条2項)からである。

具体的にはこうだ。消費者庁はメーカーに対し、表示の「合理的な根拠」となる資料の提出を求めることができる。事業者は資料を15日以内に提出しなければならない。15日以内に提出しない場合、または提出された資料に合理的な根拠がないとされた場合は、不当表示と擬制される。

「擬制」…つまり、「推定」ではないので、メーカー側は「不戦敗確定」。反論できなくなってしまうのだ。

「15日って…そりゃあ、無理だろう(苦笑)」

当時、私も鼻白んだのを覚えている。

しかし、シャープの対応は違っていた。

彼らは2000年にプラズマクラスターを世に出してから、延々と、北里環境化学センターを中心とする大学や研究機関(いわゆる「第三者機関」)を巻き込み、「合理的な証拠」を示し続けてきた。来るべき法改正を見越しての活動であった。
こういったプロモーション手法を、アカデミック・マーケティングと呼ぶ。この用語はウィキペディアにも「2003年頃に登場してきた。日本で作られた言葉の説がある」と解説されており、プラズマクラスターも普及に一役買っているはずである。

「アリとキリギリス」…と言ったら言い過ぎかも知れないが、この法改正前からの地道な努力が、法改正後に実を結ぶことになる。

他のメーカーが「合理的な証拠」づくりに躍起になっているのを横目に、シャープは、自らはウェブを使って、アカデミック・マーケティングの結果として得られた「合理的な証拠」を示し続けてきた。

流れは止まらない。

2008年には、プラズマクラスターイオンの発生濃度を従来の約10倍に高めた発生装置を開発し、これに基づき、「脱臭」機能を前面に出していく。

「除菌」や「ウイルス活動抑制」といった触知不可能な(つまり「見えない」)効果を謳うよりも、消費者には「脱臭」とう触知可能な(つまり「見える」)効果のほうがピンとくる点をついてきたのだ。

しかも、「脱臭」を謳うプロモーションに、地道に展開してきたアカデミック・マーケティングを一本化し、新たな、そして、見事なシナリオを描いた。

シナリオのイメージはこんな感じだ。

「プラズマクラスターの脱臭効果、すごいでしょう?」
「すごいですね。比べるとわかる。全然匂いませんね」
「ありがとうございます。みなさん、体験するとそうおっしゃってくださるんですよ。ところで、ちょっとこちらのカタログを御覧いただけますか? ここに出ている大学でのデータのとおり、実は除菌やウイルス活動抑制においても、すごい技術なんですよ」
「へえええ、なるほど…。よくわかります」
「ありがとうございます」

脱臭の体験と、大学が実証してくれた「除菌効果」「ウイルス活動抑制効果」とは、本来別物である(並列的な概念である)。
しかし…。
消費者には、

「ハロー効果」
「論理誤差」

が働く。

ハロー効果とは、認知バイアスの一種であり、る対象を評価をする時に顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる効果のことである。
論理誤差とは、これまた、認知バイアスの一種であり、評定する人が自分自身で評定要素間の関連性を論理的に考えてしまい、関連がある項目を同一評価、もしくは類似評価してしまう傾向のことである。

つまり、消費者はこう感じるのだ。

「こんなにすごい脱臭効果のある技術なんだから、除菌効果やウイルス活動抑制効果のデータも凄い数値なんだろうな。」

これがすごい。

通常、「脱臭機能」と「除菌効果」「ウイルス活動抑制効果」は別個に考える(並列的な概念である)。
私が家電現場の販売員だったとしても、これらを結びいつけてストーリー化するのは難しいかもしれない。

しかし、シャープは、触知可能な効果で顧客の信頼を勝ち取り、そこで触知不可能な効果までも信頼させることに成功しているのである。並列的な概念を見事に直列的に再配置している。

”脱臭の経験(触知可能)⇒信頼⇒アカデミック・マーケティングで収集したデータ(触知不可能)⇒信頼”

これがシナリオの骨子である。

マーケティング上の事例として紹介することも多いのだが、実は、ビジネス法務を学ぶ意味合いを考える上でも、この事例は意義深い。

「法律とは自らの守るための防護壁ではなく、逆手にとって積極的に自らを売り出すための武器とすべきである」
「法律に対する『備えあれば憂いなし』の精神こそが、先行者利益をもたらす。アリとキリギリスの論理である」

これこそが、ビジネス法務の意味であり、ビジネス・パーソンが法律を学ぶことの意味である…といろいろなところで話してきた。

ところが。
突然飛び込んできた「景品表示法違反の疑い」のニュース。
上手の手から水が漏れたか…

昨今の家電業界をめぐる環境はみなさんご存知のとおりであり、特に目下危機的状況にあるシャープにとって、プラズマクラスターは復活のための狼煙となる技術である(昨日、クアルコムとの提携の話がまとまり、株価が上昇し始めたと伺い、ほっとしたが)。

私は縁あって、現在、シャープのライバルとなる企業を応援する立場にあるが、だからといって、シャープが苦境に追い込まれればよいと考えているわけではない。

プラズマクラスターのイメージダウンは、シャープのイメージダウンにつながるだけではなく、白物家電業界全体のイメージダウンにつながる危険性もはらんでいる。

昨日、ポーター賞のために来日し、一橋大学で講演を行ったマイケル・ポーター教授は、業界が成長するためには「よい競争」が必要であると主張している。
日本の家電業界全体が活気を取り戻すためには、パナソニックにも、シャープにも、ソニーにもがんばってもらわなければならない。

今回の一件。
店頭におけるプロモーション上の競争が激化する中で選択せざるを得なかったぎりぎりの選択の結果だったのだろうが、今後は十分に注意していただきたい。
また、リスク・マネジメントの基本は、他社の事例を見た時に、「自社は大丈夫だろうか」と日々考えるケーススタディ化の習慣から始まる。
ビジネス・パーソンの皆様には、「対岸の火事」と決めつけることなく、真摯にこの事例を研究しようとする姿勢を持っていただきたい。