先生の研究室のある11階のフロアでエレベーターは停止。
エレベーターを降りて、またまたびっくり。
まるで高級ビジネスホテルのようなシンプルながら美しいフロアが広がっています。

「…ここは本当に早稲田か?」

ビラやチラシが所狭しと貼ってあり、壁には落書きだらけ。男子トイレのドアは開けっ放し…

私がいた頃の早稲田といえばこんな雰囲気でした。
時代が下り、社会人になってから訪問した、ほんの10年くらい前の早稲田とも雰囲気が違います。
まるで、どこぞの女子大に来たかのような感じ。

「ホームじゃなく、こいつは、アウェイだな…」

訳のわからないことを考えながら、フロアを歩き、先生の研究室を目指します。
右も左も有名教授の研究室が続きます。

「すごい。まるで三十三間堂を歩いているか、五百羅漢を見ているようだ」

と、またまたわけのわからない例えを思いつきながら、ようやく、木村先生の研究室の前に。

ノックをします。
研究室のドアは、高級車の扉のように、質が高いものなので、ノックしてもあまり響きません。今後訪問される方は、強くノックすることをおすすめします。

「どうぞ」
「失礼します」

一礼しつつ、中に入ります。
お変わりない笑顔の木村先生がそこにいらっしゃいました。

お机の上にはMacが1台。
左右の棚には所狭しとマーケティングやビジネス関係の書籍が積み上がり、まさに大学の研究室。
いいですね。他人の書棚を見るのが大好きな私には目の毒というか、いい意味で、気が散ります笑

「どうですか、すぐ、研究室、わかりましたか?」

先生のご質問にお答えすべく、ここまでの経緯を説明申し上げます。

「女子が多いのは、この校舎の低層階が国際交流センターになっているからかもしれないね」

なるほど。留学生は女子学生の比率が高いようです。
それでも、商学部だけをとってみても、昔に比べれば女子の数ははるかに多いのも確かです。
やはり、時代とともに、母校も変わってきているようです。

「竹永さん、この校舎になってからは初めてだものなあ」

有名教授の研究室の中を、三十三間堂を巡るか、あるいは五百羅漢を眺めるように歩いてきたとお話すると、先生も大笑い。

昔話に花が咲きます。
先生との出会いは、今を遡ることおよそ10年前。
私が、日大大学院グローバル・ビジネス研究科に入った入学式の後、学生と教授との初めての面談のときでした。
実は入学まで、『コトラーのマーケティング戦略』の木村先生がいらっしゃることは知りませんでした。中小企業論を学ぼうと思って入学したコースでした。
ところが、新任の当時・助教授として、木村先生のご紹介があり、びっくり仰天。
路線を変更して、研究目的をマーケティングに切り替えてしまったのです。
私は、仕事が忙しく修士論文を同期生といっしょに提出できず、2年半に渡り大学院にいたのですが、留年した半年を除く2年間、木村先生の教えを受けました。もちろん、木村ゼミに所属していました。
先生の日大在籍期間は私たちの入学から卒業までのちょうど2年間。ですから、たいへんよく私たちのことを覚えていて下さり、卒業生の幾人かとは今でもやりとりがあるとのことでした。

その後、先生は早大に移籍され、その半年後に、私も日大大学院を卒業することができました。

そんな昔話が一巡した後のことです。
先生から私に逆質問。

「ところで、竹永さんのブログにあった『マグロの解体ショー』についてなんだけどさ…」

「え、先生、あれ、お読みになってくださったのですか」

「読んでる、読んでる。ちょっと、具体的なやりかたを教えてくださいよ」

…まさか、早大の研究室で、「マグロの解体ショー」に話が及ぶとは…

「想定外です」

ちなみに、「マグロの解体ショー」とは、なんのことはありません。今流行の書籍の「自炊」のことなのですが、「自炊」という呼び方に疑問を感じている私が提唱している、およそ、ディファクト・スタンダードにはなるはずのない呼び方です。
そもそも、Twitter上では私自身「自炊」と呼んでいます。「マグロの解体ショー」では長すぎてつぶやきがまとまりません。

「ちょうど、Facebookで公開した映像がありますから、それをご覧に入れましょう」

動画をお見せしながら、具体的な手順について2人で大研究です。

「あ、すごいね。裁断機を使うと、日経文庫も一瞬でバラバラになるんですね」
「はい。あっという間です。それから、先生、スキャナーは富士通ScanSnapの最新型がいいですよ。従来機とはレベルが違う。また、裁断機は研究室に置かれるのであれば、設置スペース確保の問題が生じますね」

話はやがて、著作権法に及びます。
裁断やスキャニングが、大学教育や社会人教育でどこまでゆるされるか…という問題です。

著作権の制限については、著作権法30条以降にずらりと条文が並んでいますが、今回、先生との議論に関連する対応条文は次のとおり。

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(私的使用のための複製)
第三十条  著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
一  公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合
二  技術的保護手段の回避(技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変(記録又は送信の方式の変換に伴う技術的な制約による除去又は改変を除く。)を行うことにより、当該技術的保護手段によつて防止される行為を可能とし、又は当該技術的保護手段によつて抑止される行為の結果に障害を生じないようにすることをいう。第百二十条の二第一号及び第二号において同じ。)により可能となり、又はその結果に障害が生じないようになつた複製を、その事実を知りながら行う場合
三  著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、その事実を知りながら行う場合
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ある程度の制限はありますが、法は、お金を出して著作物を購入した者に対しては、広くその使用を認め、複製も許可しているわけです。
家の中で個人的に「まぐろの解体ショー」をするのが、一般に認められているのは、この条文のおかげです。

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(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条  学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
2  公表された著作物については、前項の教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合には、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
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この条文がありますので、大学や高校の教員の方々は、かなり広く複製が許されていることになります。
ただし、

「本一冊の複製が丸丸OKになるかどうか」
「さらにそれをスキャンして、公衆送信する、つまり、クラウド化してしまうことが許されるかどうか」

このへんは微妙なところです。
大学などで、書籍の一部を、紙としてコピーで配布することは一般に広く行われていますが、スキャンしたデータの配布や公衆送信が可能かどうかについては、私も自信がありません。
もちろん、株式会社である弊社やTBCさんが同じことをするのは許されません。私どもは、「学校」ではありませんので。

著作権法は、産業財産権法と異なり、いろいろな人が「使ってナンボ」という精神の法律ですから、著作権は、特許権と異なり、「独占排他的権利」などではなく、さまざまな「著作権の制限」を法定化しているのです。
ただ、今後は、「制限」の線引きがいっそう難しくなりそうです。

「マグロの解体ショー」の業者への依頼もグレーゾーンです。
いろいろ調べると、裁断だけなら原稿の著作権にはひっかかりませんが、スキャンまでしてしまうのは、まずいでしょう。前述した30条1項(私的使用)の規定にひっかかってしまいます。

「しかし、いずれにしても、今後は、大学教育も変わるのではないかな。MITが授業を無料公開して以来、その波はどんどん世界中の大学に押し寄せてきていますからね」

話は、SNS時代、集合知時代、無料動画配信時代における大学の機能や役割に移ります。また、私たちのような民間における社会人教育のやり方も変化するのではないかという、予想にも話が移っていったのです。

<次回に続く>