戦略とは、あらかじめ立てておく計画なのか
経営において「戦略を立てる」という言葉は広く使われているが、多くの場合、それは目標を設定し、そこに到達するまでの道筋を計画するという意味で用いられている。たとえば市場を分析し、競合との差別化を図り、自社がどの位置で勝負すべきかを決める、といった発想である。
このような戦略の捉え方の代表格が、マイケル・ポーターの「競争戦略論」である。ポーターは、「企業の収益性は業界構造によって決まる」と考え、戦略とはその構造を見極め、自社にとって有利なポジションを取ることだと主張した。たとえば、競合が多い市場ではコスト優位で戦うか、他社にはない価値を提供して差別化するかといった選択が必要になる。
これに対して、ジェイ・バーニーは「企業の内部資源」に着目した。企業ごとの競争力の差は、内部にある「目に見えにくい強み」によって生まれるという立場である。バーニーは、それが「価値があり」「希少で」「模倣が難しく」「活用できる」資源であることが競争優位の条件だと述べている(VRIOフレームワーク)。この考え方は、たとえばブランド力や技術力、組織文化といった要素を重要視する。
さらに、楠木健はポーターやバーニーの理論を土台とし、「戦略とはストーリーである」と定義した。企業がどのような価値をどのように提供し、どのように他社と違いを出すのか。そうした要素を一貫した論理でつないだ物語が、戦略の本質だという見解である。
これらの理論には共通して、戦略とはあらかじめ構想され、設計されるものという前提がある。つまり、戦略は「考えてつくるもの」であり、トップマネジメントが計画的に描くべきものであるという考え方である。
ミンツバーグは、戦略は「あとから見えてくるもの」だと考えた
このような「戦略は計画である」という考え方に対し、ヘンリー・ミンツバーグは異なる立場を取った。彼は、戦略にはたしかに「意図されたもの」(planned strategy)があるが、それとは別に「創発的戦略」(emergent strategy)も存在すると指摘した。
創発的戦略とは、もともとの計画には含まれていなかったが、現場の判断や偶然の出来事への対応の中で、結果として実行され、後から振り返って「戦略だった」とみなされるものである。たとえば、ある社員の小さなアイデアが顧客に評価され、想定以上のヒット商品に育ち、結果的に企業の方向性を大きく変えるようなケースである。
この立場においては、戦略は必ずしも最初から考えて立てるものではなく、実行の積み重ねのなかから、自然と立ち上がってくるものとして捉えられている。
リーン経営との共通点
ミンツバーグの考え方は、いわゆる「リーン経営」とも近い。リーン経営とは、トヨタ生産方式にルーツをもつマネジメント手法であり、現場の改善活動(カイゼン)や、無駄の排除、柔軟な対応を重視する。
リーン経営でも、戦略は上から一方的に決めるのではなく、現場の試行錯誤や顧客の反応から学び、少しずつ調整しながらつくり上げていくものとされる。この点で、リーン経営とミンツバーグの創発的戦略は、実行や経験の中から戦略が形になるという点で一致している。
ミンツバーグの考え方は、哲学にも通じている
ミンツバーグの理論は、実は哲学的にも深い意味を持っている。18世紀の哲学者イマヌエル・カントは、「人間は世界をそのまま知ることはできない」と考えた。我々は、目に映るものを自動的に分類し、意味づけしながら世界を理解している。つまり、私たちが「見ている世界」は、実は自分たちの認識の枠組みの中で構成された「現象」にすぎないという立場である。
この見方を戦略に当てはめれば、戦略というものも「最初からそこにある」のではなく、経営者や現場の人々が、経験を通して「これは戦略だ」と認識したときに初めて見えてくる――ということになる。
20世紀の哲学者エトムント・フッサールは、「ものが“それとして見える”ためには、意識がそのように意味づけしている」と考えた。たとえば、「椅子」として目に映るのは、それが「椅子としての意味」を持って見えているからである。戦略も同じように、「これは戦略だ」と感じた時点で、それは戦略として立ち現れる。そうした意味づけのプロセスが重要になる。
ま戦略は「立てるもの」であると同時に、「見出すもの」でもある
ポーターやバーニー、楠木健が示したように、戦略を事前に考えて設計することは経営にとって欠かせない営みである。一方で、ミンツバーグが示すように、戦略は計画の外側にも存在する。むしろ、計画とは無関係に始まった行動が、結果として戦略になっていたということも少なくない。
戦略は「立てるもの」でありながら、「あとから気づくもの」でもある。
だからこそ、経営者やマネージャーには、「考える力」と「気づく力」の両方が求められているのである。