「違いを作る」だけでは足りない——価値は「つなぐ」ことで生まれる

企業戦略では「差別化」が重要視される。しかし、単に「他社と違うことをする」だけでは、持続的な競争優位にはならない。なぜなら、違いを作ること自体は簡単でも、それが意味を持たなければ、市場や顧客にとって価値にはならないからだ。本当に競争優位を築くためには、違いを作るだけでなく、それを意味のある形でつなげ、価値として提示することが求められる。

この視点は、フランス現代哲学のジル・ドゥルーズの「差異の哲学」と、日本の経営学者楠木建の「ストーリー戦略」の間に共通するものがある。

ドゥルーズは、「差異(différence)」は単なる比較による違いではなく、流動的な関係性の中で生成し続けるものだと考えた。たとえば、「コーヒー」という概念は単体で成立しているわけではなく、それが「カフェ」という場や文化と結びつくことで新しい意味を持つ。この発想は、競争は「固定された市場での戦い」ではなく、「常に新しい価値関係が生まれ続けるプロセス」そのものである という考え方につながる。

一方で、楠木建の「ストーリー戦略」は、「競争優位とは、単なる違いではなく、その違いを意味のあるものとしてつなげることで生まれる」と指摘する。Appleが「スペックの違い」で競争するのではなく、「Appleのエコシステム」というブランドストーリーを構築したのはその典型例だ。スターバックスも「コーヒーの品質」だけではなく、「心地よい第三の場所」というストーリーを生み出すことで、単なる差別化ではなく、統一されたブランド価値を確立している。

両者の視点には、「競争とは単なる差別化ではなく、新たな価値を生み出すプロセスである」という共通点 がある。

• ドゥルーズは「違いそのものを生み出すこと」に焦点を当てる。

• 楠木建は「違いを戦略的に組み合わせ、意味のあるものとしてつなげること」に焦点を当てる。

ドゥルーズ vs. 楠木建—競争戦略の視点の違い

共通点がある一方で、ドゥルーズと楠木建のアプローチには決定的な違いもある。その違いを考える際に、「脱構築」と「弁証法」という二つの概念が参考になる。

ドゥルーズ:競争の枠組みそのものを「流動化」させる

ドゥルーズの哲学は、従来の枠組みや前提を問い直し、それ自体を変化し続けるものとする。「固定された概念」は存在せず、あらゆるものが相互に関係しながら流動的に変化する。この発想は、「競争の枠組みは変えられるものではなく、そもそも流動的である」という視点へとつながる。

例えば、シェアリングエコノミーは、「所有することが当たり前」という前提を問い直し、「使いたいときに共有する」という新しい価値を生み出した。ここで重要なのは、「市場のルールを変える」のではなく、「市場の枠組み自体が固定されていない」ことを認識し、新しい関係性を作り出した点である。これは、ドゥルーズ的な発想の実践例と言える。

楠木建:競争のルールを「弁証法的に」変える

一方で、楠木建の「ストーリー戦略」は、競争の枠組みを前提としながら、その中で「どのように違いを作り、つなげるか?」を考える。この発想は、ヘーゲル的な弁証法に近い。

たとえば、スマートフォン市場では「スペック競争(正)」が一般的だったが、その限界を見抜き、「体験としてのスマートフォン(反)」という考えを打ち出し、それを「Appleのブランドストーリー(合)」として確立した。競争のルールを変えることで市場のルールを再定義し、持続可能な競争優位を築く。このように、楠木建の戦略は「競争のルールの再構築」に重点を置く。

競争に対する違い

• ドゥルーズは「競争の枠組みを流動化させ、新しい関係性を生み出す」。

• 例:シェアリングエコノミー、Web3、NFTなど

• 楠木建は「競争のルールを活用しながら、その次元を変えて独自の価値を生み出す」。

• 例:Apple、スターバックス、Patagoniaなど

未来の競争戦略——違いを作り、それをつなげよ

企業が持続的な競争優位を築くためには、単なる差別化ではなく、「違いを作り、それをつなげる」ことが不可欠である。ドゥルーズの視点を取り入れれば、既存の市場の枠組みそのものを流動的に捉え、競争の概念を再定義することが可能になる。一方、楠木建の視点を活用すれば、その変化の中で戦略的なストーリーを築き、新たな競争の軸を確立できる。

これは、技術革新が加速し、従来の市場ルールが通用しなくなる時代にこそ有効なアプローチではないか。AppleやPatagoniaのような企業は、変化する環境の中で、ドゥルーズ的な発想で市場の常識を問い直し、楠木的な視点でそれをストーリーとして統合してきた。この考え方を取り入れることで、企業は短期的なトレンドに振り回されることなく、持続的な競争優位を築くことができる。

これからの企業戦略に求められるのは、「単なる差別化」ではなく、「意味のある違いを作り、つなげる」ことである。ドゥルーズと楠木建の思考の統合こそが、未来の競争戦略の鍵を握るのではないか。