第2回でシュヴェーグラーの『西洋哲学史』を基に、プラトンの生涯と哲学の基礎について深く考察しました。
シュヴェーグラーは、プラトンを時代の文脈で理解し、彼の思想がソクラテスとの出会いとその死によってどのように形成されたかを強調しました。
第3回では、プラトンの師であるソクラテスが正義と死にどう向き合ったかを描いた『ソクラテスの弁明』を、シュヴェーグラーの視点も踏まえて紹介していきます。

1.ソクラテスの裁判の背景と時代的文脈

紀元前399年、アテナイの民主政が揺らぐ中、ソクラテスは若者を堕落させたとして告発されます。シュヴェーグラーは、この告発がソクラテスの哲学的姿勢と、彼がアテナイ市民の無知を指摘したことへの反発であったと指摘しています。
シュヴェーグラーの時代においても、知識人や批評家が社会的・政治的な反発を受けることが一般的であり、ソクラテスの姿勢はその象徴的な例と見なされました。

彼の裁判は単なる法的手続きではなく、アテナイ社会全体が抱える道徳的・政治的な矛盾を浮き彫りにしたものでした。『ソクラテスの弁明』は、ソクラテスがこれにどう対峙し、自身の信念を守り抜いたかを描いています。


2.『ソクラテスの弁明』の構成と主要テーマ

『ソクラテスの弁明』は、ソクラテスが裁判で行った弁明の言葉を中心に展開され、シュヴェーグラーの分析でも強調されるように、彼の哲学的信念とその実践が鮮明に描かれています。

本書の内容は3つに大別されます。

(1) 告訴に対する反論
ソクラテスは、若者を堕落させたという告訴に対し、自らの無知を認めつつも、無知こそが知恵の始まりであると説きます。
シュヴェーグラーも同様に、この「無知の知」がソクラテスの根本的な哲学的姿勢であり、彼の裁判における姿勢と密接に関わっているとしています。

(2) 正義と善に対する信念
ソクラテスは、正義と善を追求することが人間の最大の使命であると信じ、そのためには死をも恐れない姿勢を貫きます。
シュヴェーグラーは、この「死を恐れない」という点に注目し、ソクラテスが死後の世界を単なる未知のものとして捉え、恐怖や不安を抱かないことが、彼の倫理的な行動の根幹にあったと分析しています。

(3) 死刑判決後の対応
有罪となったソクラテスは、死刑判決を受け入れるが、その過程でも自己の信念を曲げることはありませんでした。
シュヴェーグラーは、ソクラテスのこの態度を「究極の倫理的行動」として高く評価しており、彼の死がプラトンの後期の思想形成に大きく影響を与えたとしています。


3.シュヴェーグラーの解釈を踏まえたソクラテスの死の意味

ソクラテスは、自らの死を恐れないという姿勢を示し、そのことが彼の哲学の一部となっています。
シュヴェーグラーの解釈では、ソクラテスの死は「無知の知」の実践の究極形であり、死後の世界が何であれ、それに対して恐怖を抱かないことが真の知恵を持つ者の姿勢であるとされています。

ソクラテスは、「死後に何があるのか分からない」ため、死を恐れることは無知の表れであると主張しました。
この姿勢はプラトンの哲学においても一貫して見られ、彼の死生観や倫理観に強い影響を与えています。




このように、シュヴェーグラーの視点を踏まえることで、ソクラテスの「正義」と「死」に対する姿勢が、プラトンの哲学にどのような影響を与えたかがより明確になります。
『ソクラテスの弁明』は、プラトンの初期対話篇に位置し、彼の思想形成における重要な転機となりました。この作品を通じて、読者はソクラテスの揺るぎない信念と、それが後のプラトンの哲学的進化にどのように繋がっていくかを理解することができるからです。

次回、第4回では、本書の続編とも言える『クリトン』について紹介し(『クリトン』では、ソクラテスが死刑を受け入れるまでの過程が描かれています)、ソクラテスの死がどのようにその後のプラトン哲学に影響を与えたのかを引き続き考察します。