1.リモートワーク・マネジメントの考え方
自粛生活の終了により、徐々に下火になると思われたリモートワーク。しかし、大企業を中心に、リモートワークは一般化する動きを見せており、さまざまな組織で、さまざまなマネジャーが知恵を絞って、リモートワーク・マネジメントのあり方を探求している。
リモートワークによって引き起こされていると我々が思い込んでいるコミュニケーション問題の大半は、リモートワーク自体によって引き起こされたものではなく、リアルな職場で潜在していたものが顕在化しただけに過ぎない場合が多い。
むしろ、自社のコミュニケーションに関する「膿を出す」きっかけとして捉え、今までできなかったこと、やろうと思っても諦めていたこと、反対が怖くて提案できなかったことに挑戦する機会であると考えたほうがよいかもしれない。
リモートワーク時代に求められるマネジメントをここでは、リモートワーク・マネジメント呼ぶが、その具体的な方法は、下記の通り、大きく2つに分類できる。
(1) オーバー・コミュニケーション
リモートによって削減してしまったさまざまな間接的なコミュニケーション(雑談、給湯室での会話、喫煙室での会話、よもやま話、噂話、会社や上司の悪口)を補うために、情報交換機会を意識的に増やしていく必要がある。
(2) ルーティン・マネジメント
上司の目が直接届かない自宅での作業が求められるため、社員には自己管理が求められる。そのため、社員には、これまでのリアルな職場で行われていたルーティンを重視した生活を推奨し、組織としても、ルーティンを遵守した活動サイクルを徹底する必要がある。
それでは、具体的に(1)(2)の具体的な方法について検討してみよう。
2.オーバー・コミュニケーション
(1) リモートワーク時代の組織原則
リモートワークを行う際に、社員に徹底させたい大前提(組織原則)は、「自らが発信しない限り、自らの状況を誰も理解してくれない」ということである。リアルな職場と違い、顔色、雰囲気、物腰等から、「察してもらう」ことは難しいということを、社員側が気づかなければならないということである。
意外とこのことを忘れている組織は多く、「なぜ気づいてくれないんだよ」(部下・後輩)、「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだよ」(上司・先輩)という具合に互いが互いを責める現場が増えてしまっているのは遺憾である。
上司・先輩側はもちろんだが、部下・後輩側がこのことをきちんとに認識していないと、人間関係の悪化を引き起こしてしまいかねない。逆に言えば、上司・先輩側はこの組織原則を、部下・後輩に徹底するところからスタートすべきだろう。
(2) 傾聴姿勢の「見える化」
Web会議では、「表情を豊かに」「オーバー・リアクションで傾聴の姿勢をみせよう」と言われることが多い。
画面では、細かい表情を読み取るのは難しく(特に、Zoomにおけるギャラリー・ビューのように。小画面で相手の表情を完璧に汲み取るのは不可能に近い)、あえて過剰に表情を豊かにし、オーバー・リアクションをとることには大いに意味がある。
意識的に姿勢を前傾させ、傾聴しているという姿勢を相手に視覚的に伝えたり、リアルでの打ち合わせのときよりも、深くうなずいたり、たくさんの質問を投げかけたりする…という手法自体は間違ってはいない。
しかし、コーチングのスキルが我が国で普及し、「コミュニケーションの際には表情豊かに」「相づちと頷きはボディランゲージの基本」といったスキルをさまざまな専門家が訴えてきたが、それができない上司や管理者は現実には非常に多い(部下側にも同じことが言えるが…)。
慣れない画面でのやり取りにおいて、社員同士で、これらをいきなりできるようになるというのは考えづらい。
(3) 照明の導入とカメラ位置の改善
そこで、こういった個人の才能と努力に期待をするという方法ではなく、「しくみの導入」でなんとかできないかを考えるほうが実践的である。
組織が最も簡単にとりくむことができるのは、具体的には、「照明の導入とカメラ位置の改善」である。
① 照明の改善
Webで発信される自分の映像を少しでもよくしようと試みたことのある方の多くが最初に気づくのが、「大切なのはカメラではなく、照明なんだな」ということである。
高性能のWebカメラをパソコンにつけるよりも、何らかの照明を話し手の横45度くらいのところに設置してやれば、話し手の表情はずっとクリアに映すことができるようになる。
この際、専門的な照明である必要はない。数千円のデスクライトにコンビニのレジ袋をかぶせてやれば完成である。照明の専門家が使うディフューザー(光を拡散する半透明のシート)などなくとも、レジ袋がその役割を果たしてくれるからである。
これだけで、立体感のあるしっかりとした表情を相手に伝えることができるようになる。
デスクライトは今やLEDの普及により、1,000円程度で購入できるし、レジ袋は無料…ではなくなったが、数円で入手することができる。
② カメラ位置の改善
多くの方が使っているノートパソコンのカメラ位置は、顔よりも10センチ以上、「下」についており、カメラの位置から見ると、パソコン使用者の顔を見上げているように映るという事実は、皆さんおなじみであろう。まるで、大仏を下から見上げたときのようなアングルである。
視聴している相手からすると、常に「見下されている状態」であり、どうしても尊大な印象を与えかねない。社内会議ならばまだしも、営業活動中に、クライアントとWeb会議をする際には、まったくもって好ましくない映像である。
カメラのレンズと自分の「顔」(もっと細かく言えば「目」)は同じ高さに置くのが自然である(女性の場合、さらにもう少し上からのアングルを良しとされる方も多いようである。某有名女性ニュースキャスターの場合などはその好例だろう)。
真っ先に思いつくのが、「外部カメラを購入し、三脚の上に設置する」という改善案であろうが、それよりも、もっと簡単な方法がある。
それは、ノートパソコンの下に分厚い書籍等を起き、「下駄を履かせる」という方法である。筆者は昔なつかしい『学研の図鑑』を愛用している。MacBookの下に3冊敷くとちょうどよい高さとなる。
①②ともに僅かなコストと少々の工夫で対応できる具体的な方法である。個人の才能や努力、厳しいトレーニングは一切不要である。
SNSでは、「高性能なWebカメラを導入しました」という書き込みが散見されるが、カメラの位置と照明についての基本ルールを理解するほうが先だろう。
お互いの顔が、暗くて、小さくて、どんな表情をしているかわからない状態で話を続けるといのは、非常にしんどいことである。相手に映像の環境改善を要求する前に、まずは自分から変えてみてはいかがだろうか。
自分から発信する映像が明るくて、表情がきちんと伝わるようになれば、少なくとも「相手に感情を誤解されるリスク」を削減することはできる。
こちらが改善すれば、相手に「映像がきれいになった」と褒められるだろう。このとき、相手にこれらの改善方法を伝えて差し上げれば、むしろ、喜ばれるのではないだろうか。
こうすれば、お互いの表情を誤解なく伝えることができるようになる。これぞ、ウィンウィンの関係である。
なお、高性能なカメラやマイクの利用は、予算が許すならば行ったほうが良い。講義や講演を生業としている筆者は、ある程度投資して、自宅での配信環境を徐々に整えていった。が、これは万人向けの方法ではないと思う。
まずは、「照明導入とカメラ位置の修正」がおすすめである。
(3) リアルな職場の再現
オーバー・コミュニケーションに関する工夫には他にも様々なものがある。
ネットで散見されるのが、「Web会議中は基本映像をオンにする」という方法である。中には「マイクもオンにする」という意見もある。リアルな職場と同じ環境にするべきだという意見である。
個人的にはマイクまでは必要ないかな…と思うが、在宅勤務者が、全員、Web会議(映像)を一日中オンにしたまま仕事をする…というアイディア自体は悪くないと思う。
一部の社員が自宅で仕事を行い、それを管理者が会社から常にモニターする…という少し前に我々がイメージしていたリモートワークの管理方法は、どうしても「監視」の印象が強かったが、前述した方法は相互に状況を共有するという狙いによるものであり、特定の人間が特定の人間を監視するという陰鬱なイメージは払拭されている。
(4) 1対1の面談を増やす
リモートワークでは、思った以上に意識的に相手に話しかける機会を作らないと、コミュニケーション不足に陥りやすい。そこで、これまで、月に1回程度だった、上司と部下、先輩と後輩での面談(ミーティング)は意識的に回数を増やすべきである。
1回を2回、2回を4回というふうに、従来の倍くらいまで思い切って増やし、無駄だと思ってもすぐには会議を切り上げずに、「最近どうですか?」と切り出し、雑談の機会として活用するのがベストであろう。
(5) 婉曲表現の活用
リモートワークを行う社員たちが使うコミュニケーション・ツールはWeb会議システムだけではない。メールやチャットも、これまで以上に強力な武器となる。
文章が残るこれらのテキスト系のツールの場合、婉曲表現の活用は、人間関係の維持には不可欠である。
たとえば、「命令文を疑問文に切り替える」というアイディアはよく耳にする。「これをやってください」ではなく「これをやっていただけますか」にするだけで、文字(テキスト)での指示出しは、随分柔らかいものになる。
同じように、否定文(××するな)を意識的に肯定文(○○する)に言い換える…という手法も同様の効果が期待できる。
(6)「Web呑み」の開催
自粛期間中、多くの人が楽しんだであろう「Web呑み」。プライベートな環境だけではなく、オフィシャルな場でも用いる企業が増えている。新入社員の歓迎会はその最たるものである。「呑みニュケーション(お酒を飲みながら取るコミュニケーション)」が死語になって久しいが、コロナを機に「たまには社員同士お酒でもいかがでしょうか」という試みが戻ってきたのかもしれない。
Web呑みのよいところは、中座がしやすいこと(「すみません。次のミーティングがあるので今日は○時で失礼します」)だという方も多い。
何軒もはしごし、延々と続く昭和のサラリーマンの呑み会とは、根本的に違う呑み方ができるのは、すばらしいことである。自宅ゆえ、移動時間の負担がない点もメリットである。
(7) チューター制度の再評価
コロナの流行が新入社員研修の時期と重なったこともあり、今年は、これまでとは異なる形で新入社員研修を実施した会社も多い。
人事部の方々に話を伺うと、配属後は、今まで以上にチューターの役割を期待すると答えた方が多い。チューターとは、新入社員のコーチやメンターを引き受ける数年歳上の若手社員たちのことである。新入社員と同じ部署から選ばれる場合もあるが、多くの場合、あえて他部署の先輩が選ばれることが多い。
リアルな職場であれば、配属先の直属の上司や先輩がきめ細かい指導をしてくれるのであろうが、今年は教える側(上司や先輩)にも戸惑いが多い。ミスジャッジや間違った指示を出す場合もあるだろう。当惑する新入社員たちにとって、チューターは重要な相談相手になることと予想される。
例年以上に、チューターの役割が大きくなると関係者が予想するのはそのためである。これまでチューター制度を導入してこなかった会社でも、今後、導入される可能性は大きい。
2.ルーティン・マネジメント
続いて、もう1つの柱であるルーティン・マネジメントについても考えてみたい。
(1) セルフ・ルーティン・マネジメント
社員個人によるルーティンの自己管理である。
たとえば、
「通勤時代と同じ時間に起きて、スーツに着替えて仕事を行う」
といった決め事がその典型例であろう。
ルーティンを行うことにより、気持ちのスイッチを切り替えるということが最大の効果である。
また、筆者は実践していないが、1日の仕事が終わったら机の上の道具はすべて片付けることで、オンとオフを切り分けているという話もよく耳にする。これも一種のルーティンである。
個人差はあるが、スイッチ効果(ルーティンを行うことで気持ちが切り替わる効果)の高い社員には推奨して良いだろう。
上司側からの管理は難しいが、面接の際に、「自分で決めたルーティン、遵守しているか?」と尋ねてあげるだけでも、一定の効果はあるだろう。
(2) 音楽を流す
以前に、残業を減らしたい会社に対してさまざまな試みを行ったことがある。最も効果があったのが、終業時刻になったら「蛍の光」を流すという手法であった。立案した役員をはじめ、コンサルタントの私も期待していない方法だったが、「折角だから試すだけ試してみましょう」という話になり、実施してみたら、他のいかなる方法よりも遥かに効果があり、皆驚いた。
「蛍の光」といえば、下校放送の定番。本件は、我々のルーティンとして染み付いているということの証明である。
レースの際には特定の音楽を流し、気持ちを高めるというスポーツ選手も多いが、これはビジネス・パーソンでも同様であろう。
リアルな職場では、イヤフォンをかけながら仕事をする…というスタイルはまだ大多数の会社では市民権を得ていない。しかし、リモートワークにおいては、これが可能である。
ご家族と同居している場合には制限もあるだろうが、イヤフォンどころか、スピーカーから好きな音楽、やる気の出る音楽をかける…という方法を、すでに採用している方も多いだろう。
(3) 食事とお菓子
オンとオフをしっかりと分けるという工夫もたくさんの方がすでに提案している。
たとえば、自宅では、仕事用の机と食事用の机をいっしょにしない。仕事が一段落すれば、ランチは食事用の机でとり、昼休みが終われば、再び、仕事用の机に戻ってくる…という切り分けを徹底するといった方法である。お菓子についても同様のルールを徹底すればよいのだろう。
この方法、狙ったわけではないが、実は筆者も行っている。たまたま、現在仕事をしている部屋が、自宅寝室であるということもあり、マンションの構造上、キッチンやダイニングとは物理的に切り離されているという環境がよいのかもしれない(ダイニングは家族が仕事で使用している日が多いので、日中は訪れにくいという事情にもよる)。
結果として、リモートワーク中、間食をとることはまず稀であり、結果として、この数カ月間規則正しい生活を送ることができたことが功を奏したのか、体重は10kg近く減少した。
(4) チーム・チェックイン
このように、社員にルーティンを重視した生活を推奨する以上、会社組織としてもルーティンを遵守した活動サイクルを徹底する必要がある。
たとえば、チーム全員で毎日2回(朝と夕方)10〜15分のWebミーティング(チーム・チェックイン)を実施するというものである。
管理目的というよりも、各自が何か問題を抱えていないか、業務上の質問はないかを確かめたり、会社としての方針を伝えたりする場としての機能が期待できる。
朝礼で、本日やるべき業務、完成させなければならない業務を上司とメンバー全員に対し宣言し、夕方には、その成果物を報告するといった方法をとる企業もある。
口頭だといくらでも抽象的に結果を述べる(つまり、「誤魔化す」)ことができるわけだが、画面共有し、仕事の成果物を皆に提示しなければならないというプレッシャーは、良い方向に働けば、生産性の向上にも寄与するであろう。
また、朝礼の際に、カレンダーに、個人の作業の予定を30分単位・1時間単位でその場で入力し、それを発表しているという会社もある。
リアルな職場で行えば、かなり管理志向に思えてしまう手法であるが、今ならば「リモートで、お互いの仕事が見えにくい状況だから、『見える化」しましょう」という大義名分があるため、導入しやすいのだろう。
これまで朝礼等を行っていた企業にとっては当たり前の行動だが、行ってこなかった企業では、これを機に導入してみてはいかがだろうか。
(5) 定例会議の回数増加
これまで、クライアント企業の無駄な会議をいかに削減させるか…という課題に正面から取り組んできた筆者にとって、いさささか不思議な感じのする主張であるが、リモートワーク時代は、これまでよりも定例会議を増やしたほうがよいかもしれない。
意識的にコミュニケーション量を増やす必要があるからである。
実際には、回数は増やすが、時間は短くする…という企業が多いようである。理由は簡単。頻繁に会うことが目的だということである。
また、(2)がしっかりできているのであれば、定例会議についてはそのままでもよいかもしれない。
4.オーバー・コミュニケーションとルーティン・マネジメントの融合
最後に、これまでお話してきた「オーバー・コミュニケーション」と「ルーティン・マネジメント」を組み合わせた方法についても紹介しておこう。
(1) 雑談タイムの設定
チーム全員での雑談タイムを「仕事時間中」にあえて設ける(参加必須、参加自由等さまざま)というアイディアもおもしろい。
今更、「雑談タイムを設定しましょう」という提案が照れくさい場合には、「コーヒーブレイク」「おやつタイム」を設けるというのも一法である。
この際、コーヒー代・おやつ代を手当にして支給すれば、誰もがこの時間加わらないわけにはいかなくなると思う(強制力が生じる)のだが、そこまでやっている会社は今の所存在しないだろう。
(2) 雑談部屋・チャネルの立ち上げ
自社の社内サイトに、雑談のための部屋・ページ・チャネルを立ち上げ、家族の話、ペットの話、食事の話、お酒の話、趣味の話、旅行の話を投稿できる場所を作るというのも、おもしろい発想である。
この部屋・ページ・チャネルを画面共有しながら、(1)の雑談タイムを開催すれば、話のネタに困ることもなくなるだろう。
(3) ストレッチ・タイムの設定
朝、ラジオ体操を行っているメーカーは我が国では今も多いが、リモートワーク時代、これを応用する企業も出てきた。
たとえば、時間を決めて、全員でストレッチを行うストレッチタイムを設定するという会社である。
午後の一定の時間を散歩タイムとして認めているという例もあるそうだが(眠気防止や健康維持と言った理由による場合のほか、アイディア創出の方法としても採用される場合がある)、皆で「きつい」「楽しい」「痛い」「硬い」と苦笑しながら行うストレッチタイムのほうが、雑談との相性は良いと思う。
これらの方法は、筆者が日常から推進している「柔らかい会議」と言われる手法を拡張した方法である。リアルな職場では「無駄な時間」と軽視されていた「雑談」が再評価されつつあるのは嬉しい限りである。古代ギリシャのサロン以来、「雑談」はイノベーションにとって不可欠な土壌であるためである。
さて、いかがだっただろうか。
リモートワーク・マネジメントの手法はまだまだたくさん世の中に存在するはずである。
是非、多くの方と共有し、良いものは積極的に取り入れてみたいと思う。
これからも積極的に情報交換させていただければ幸いである。