「君は人の話をじっくりと聞くタイプですか」
「はい、おそらくはじっくりと聞くほうです。ずっと営業の仕事に携わってきたが、自分でガンガン話す方ではなく、じっくりと顧客の言葉に耳を傾けるタイプでした」
「そうですか。では、もうひとつ質問。君は口は硬いほうですか。」
「企業人として当然守るべき秘密は守ります。個人情報であれ、企業の機密情報であれ、しっかりと厳守する覚悟は持っております」
「ありがとう。ところ、君はキーボードで文章を打つことはできますか」
「もちろんです。昔から文章はキーボードで打つのが趣味でした。もちろん、ブラインドタッチです。最近は例の超高精度音声入力システムが普及しましたから、自分で打つことは少なくなりましたが、腕は衰えていません」
「それはたいへん結構。最近は、超高精度音声入力システムに頼り切ってしまって、キーボードでの入力ができない若い人が多いからね」
現在、私はIT企業の社長として、新規採用の最終面接を担当している。社長の私が自ら最終面接を担当するのは、弊社のビジネスが、社会に大きな影響を与える性格のものであり、かつ、採用する人間の人格と能力によるところが大きいからである。新規採用は難しい。
「誠実で、人の話をよく聞くことができ、迅速な判断が下せ、キーボードで自在に入力ができる人材」となるとそうはいるものではない。
しかし、今日は収穫があった。たった今、その条件を満たす若者と出会うことができたようだ。彼ならば、立派に弊社の即戦力としてやってくれるだろう。
たった今面接をした若者の採用を決めた瞬間、お茶を入れ替えに来た秘書が私に語りかけた。
「社長、お疲れのようですね。顔色が冴えませんね」
「おお、そうかね」
「やっと、社長のお眼鏡に叶う新人を採用できたのに、どうなさいましたか」
秘書の気遣いに私は答えた。
「いやね、ふと時々思うのだよ。我が社の超高精度音声入力システム、つまり、音声入力された情報を、ネット経由で送信し、弊社の従業員にリアルにワープロで100%の精度で文字変換するサービス… 世間は、この事実を知ったらどうおもうだろうね」
「びっくりするでしょうね。というか、騒然となりますね。暴動になるかもしれません」
「そう思うだろう、君も…」
「はい。そういえば、弊社自慢の超高精度音声入力システムの発表は十数年前の今日…エイプリルフールでしたね。誰でも、スマートフォンに向かって喋ると、数秒後に、文字変換される…というサービス。当時学生だった私も聞いた瞬間、目玉が飛び出るほど驚きました。当然ながら、世界中の人々が、高度に発達した人工知能が音声を文字に変換してくれると思い込んでくれましたからね」
「そうだよ、君。あれは冗談も冗談…エイプリルフールのジョークのつもりだったんだ。翌日には、実はあれはうちの従業員がキーボードで入力しているんです…と、笑い話にするつもりだったのだ。考えてもみたまえ…人の喋った言葉がそのまま文字にできるシステムなど、作れるわけないだろう。SFじゃあるまいし…」
「しかし、世間は本気で信じた…その日のうちに我が社の株価がとんでもない上がり方をしたために、『あれは冗談でした』とはいかなくなった…のでしたよね」
「そのとおりだ。今更『人工知能の正体は人間でした』などとは口が避けても言えんよ。それ以来、密かに我が社の従業員に即時入力させる部門を作り、世間を欺き、秘密裏に対応してきたのだ」
「マスコミでも、『史上最大の入力革命』『入力の魔術師』『グーテンベルグの再来』ともてはやされましたものね。社長はまさに時代の寵児でいらっしゃいました」
「それをいうな。思い出したくもない…」
「何しろ、我が社の超高精度音声入力システムの変換効率は100パーセント。世界最高水準ですからね」
「当たり前の話だ。『本物の人間が打っている』のだからね。他社とはレベルが違う」
「この事業は、個人情報の機密保持が基幹要件となりますので、『誠実で、人の話をよく聞くことができ、迅速な判断が下せ、キーボードで自在に入力ができる人材』が必要なのですよね」
「そのとおりだよ。君…」
言いかけて、私はそこで口をつぐんだ。
実は、この秘書にも告げていない秘密があるのだ。
弊社で入力オペレータを担当した社員には、退職時に、巨額の退職金を支払う代わりに、南の島で第二の人生を送っていただくことになっている。
彼らには「しばらくの期間」と告げて、慰安旅行ように振る舞い、連れていくのだが、実際には、彼らが島から帰ってくることはない。
彼らは、南の島で何不自由ない生活を送れるかわりに、外界との交流が禁じられ、生涯、外部の人間と接することは許されないのだ。
生涯軟禁状態…
彼らには、たいへん申し訳ないとは思うが、弊社の秘密、いや、この星の秩序を守るためには「多少の犠牲」はつきものなのだ。
「そろそろ、次の面接の時間です」
「ああ、そうだったな。よし、次の方に声をかけてくれたまえ」
「かしこまりました」
今日はまだ5人の若者に会わなくてははならないのだ。
罪悪感を感じている場合ではない。
来週には、弊社の時価総額は、世界第一位となる。大げさに言えば、この星の未来は私の双肩にかかっているのだ。